東京高等裁判所 平成12年(ネ)1599号 判決
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金七九二万七二〇〇円及びこれに対する平成六年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人が控訴人を平成六年三月三一日退職するに当たり、被控訴人の在職期間は二九年であり、控訴人の職員退職金支給規程により被控訴人に支給される退職金は二四九三万七六五〇円であるのに、控訴人が吸収合併した我孫子町土地改良区における被控訴人の在職期間九年を加算した三八年を在職期間として算出された退職金三二八六万四八五〇円の支給を受けたものであって、これは、差額金七九二万七二〇〇円について規定外支出として法律上の原因を欠くものであり、控訴人の損失において被控訴人が不当利得したものであるとして、控訴人が被控訴人に対し、右差額金七九二万七二〇〇円の返還とこれに対する退職金支給日の翌日である平成六年四月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は、被控訴人が我孫子町土地改良区における在職期間九年を加算した三八年を在職期間として算出された退職金の支給を受けたことは正当であり、不当利得に当たらないとして、控訴人の請求を棄却した。
二 前提事実(争いがないか、甲一、四、五及び六の各一・二、八の一・二、乙一一の一・二、弁論の全趣旨により認められる。)
1 控訴人は、昭和二七年七月三一日、千葉県知事により手賀沼普通水利組合から千葉県手賀沼土地改良区への組織変更を認可された土地改良区であり、手賀沼周辺の水田の基盤整備事業及び土地改良事業により造成された土地改良施設の維持管理業務を主として行ってきた。控訴人は、定款により事務局を設置している。
2 被控訴人は、昭和三一年二月、我孫子町土地改良区に就職し、同改良区の職員として、土地改良事業に従事してきた。
3 昭和三九年、手賀沼流域外に位置する我孫子町土地改良区の一部地域が国営手賀沼干拓土地改良事業(工期昭和二一年から四三年)の計画変更により国営事業の受益地域に編入され、また、国営附帯千葉県営手賀沼沿岸用水改良事業(工期昭和三六年から四五年)の受益地域となり、控訴人の地域に地区編入されたところ、千葉県は、当時、地域の重複する土地改良区を合併することにより土地改良区の統合整備を図り、土地改良事業の促進、将来の施設の維持管理を適正かつ合理的に行うこと等を目的として土地改良区の吸収合併を強く推進していたことから、我孫子町土地改良区ほか四つの土地改良区が控訴人に同時に吸収合併されることになった。
4 控訴人は、昭和四〇年三月三一日、我孫子町土地改良区を吸収合併して今日に至っているところ、当時我孫子町土地改良区の職員であった被控訴人は、同日(被控訴人の主張)又は同年四月一日(控訴人の主張)、控訴人の事務局の職員となった。
5 被控訴人は、平成六年三月三一日、控訴人を定年退職した。被控訴人は、右退職時、控訴人の事務局長であり、在職中、事実上控訴人の金銭管理をし、理事会の補助事務として予算書、決算書等の作成等の事務処理を担当していた。
6 被控訴人は、平成六年四月一四日、我孫子町土地改良区の在職期間九年を控訴人の在職期間二九年に加算して、在職期間を三八年(支給係数五九・七)として算出(退職時本給五五万〇五〇〇円×支給係数)された退職金三二八六万四八五〇円の支給を受けた。
7 控訴人は、被控訴人に対し、平成一〇年一二月二五日に被控訴人に到達した内容証明郵便をもって、支給済みの退職金三二八六万四八五〇円と在職期間二九年(支給係数四五・三)として算出される退職金二四九三万七六五〇円の差額金七九二万七二〇〇円は被控訴人において法律上の原因なく不当に利得したものであるとして、その返還を求めたが、被控訴人は返還に応じなかった。
三 争点
被控訴人の控訴人からの退職金支給の対象となる在職期間について我孫子町土地改良区の在職期間九年を加算した三八年として算出された退職金三二八六万四八五〇円と、二九年として算出される退職金二四九三万七六五〇円との差額金七九二万七二〇〇円が、規定外支出として法律上の原因を欠くものであり、控訴人の損失において被控訴人が不当に利得したものであるか。
四 当事者の主張
当審における主張として、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第三 争点」中の「(原告の主張)」及び「(被告の主張)」(原判決三枚目表一〇行目から九枚目裏一〇行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
1 控訴人の主張
(一) 被控訴人は、昭和四〇年三月三一日、我孫子町土地改良区から、その在職九年間の退職金相当額として「土地改良区合併記念品代」との名目で現金一〇万円の支給を受けて、同土地改良区を退職している。そして、同年四月二〇日に、同月一日付けで新規に控訴人に雇用されたものである。
(二) 仮に、被控訴人との雇用関係の引継ぎがあったとしても、被吸収合併された我孫子町土地改良区には退職金支給規程がなかったのであり、控訴人は、本件吸収合併契約において、我孫子町土地改良区の職員の承継、退職金規定の遡及適用について特別の合意をしていないから、控訴人の退職金支給規程が被吸収合併された我孫子町土地改良区の職員に対し当然に遡及適用されることはない。
(三) 本件退職金は、算定及び支給決定について、理事会、総代会において説明がされておらず、理事長又は理事会、総代会の実質的な承認を得て支給されたものではなく、被控訴人が事務局長の地位、権限を濫用して支給を受けたものである。
2 右主張に対する被控訴人の反論
(一) 「土地改良区合併記念品代」が「退職金」の支給でないことは明らかである。
(二) 合併前の従業員の在職期間の取扱いについて格別の合意がないときには、合併によって存続する当事者の退職金規定を遡って適用することは、労働者にとって不合理な差別、不当な不利益取扱いでない限り、何らの不都合はなく、控訴人(執行部)において被控訴人の退職金の算定に当たって被控訴人が我孫子町土地改良区に在職した期間を加算したことは正当である。
(三) 被控訴人は、控訴人の事務局の職員であったにすぎず、濫用すべき権限を持っていなかった。
第三当裁判所の判断
一 証拠(甲二、三の一ないし五、四、七の一ないし八、九、一三、一八、二〇、二二、二三、二四の一・二、二五、二六、二八、二九、四一の一ないし三、乙一、二の一・二、三ないし五、六の一・二、七、八、一二ないし一四、一八ないし二〇、証人鈴木栄、控訴人代表者、被控訴人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 昭和三九年、千葉県の指導により、控訴人と我孫子町土地改良区との間で、控訴人が我孫子町土地改良区を吸収合併する協議が進められた。控訴人側は高木善明常務理事、星野七郎理事が、我孫子町土地改良区側は小池理事長、川村理事が合併の協議に当たった。我孫子町土地改良区の職員であった被控訴人は、土地改良事業に精通していたことから、両土地改良区の合併協議会に出席し、土地改良区吸収合併契約書(甲二)の素案や吸収合併事務引継案、昭和三九年度収支決算書案等(甲七の一ないし七)の作成に関与した。合併の協議の中で、控訴人の高木常務理事から、吸収合併に伴い我孫子町土地改良区の職員である被控訴人を控訴人が引き継ぎ、受け入れるとの提案があり、被控訴人もこれを了承した。控訴人と我孫子町土地改良区は、昭和三九年一一月三日、土地改良区吸収合併契約書(甲二)に調印し、両土地改良区の理事会、総代会の審議、議決を経て、千葉県知事の認可を受け、昭和四〇年三月三一日、控訴人が我孫子町土地改良区を吸収合併した。我孫子町土地改良区側の小池理事長、川村理事は、合併後、控訴人の理事に就任した。なお、土地改良区吸収合併契約書(甲二)には、控訴人が我孫子町土地改良区と被控訴人との間の雇用関係(労働契約)を引き継ぐか否かは、明記されなかった。また、控訴人は、我孫子町土地改良区以外の土地改良区の職員は引き継がなかったが、これは、引継対象となる職員がいなかったためであった。
2 被控訴人は、昭和四〇年三月三一日、我孫子町土地改良区が控訴人に吸収合併されて消滅するに当たり、我孫子町土地改良区から退職金の支給を受けておらず、そのような話もなかった。
吸収合併事務引継案(甲七の一)添付の「昭和三九年度収支決算書(案)、昭和四〇年三月一〇日現在」(甲七の七)に退職給与金の種目の予算現額欄及び支出済額欄にそれぞれ一〇万円の記載があるところ、これは、我孫子町土地改良区の昭和三九年度の予算に退職給与金一〇万円が計上され、かつ、被控訴人が我孫子町土地改良区に在職中の昭和四〇年三月一〇日の時点で退職金一〇万円が既に支出済みであることを示すものであるが、その対象となるのは、昭和三四年五月から昭和三九年七月三一日まで我孫子町土地改良区に勤務して、同日我孫子町土地改良区を退職した鈴木栄(旧姓・中村。在職期間五年三か月)に対して、同年八月一九日に支払われた退職金であり、被控訴人に対する退職金ではない。なお、昭和三九年、四〇年当時、我孫子町土地改良区の事務所は、我孫子町役場湖北支所内にあり、我孫子町土地改良区には職員の給与規程や退職金支給規程はなく、職員の給与・退職金の支給は、理事会により我孫子町の給与規程や退職金支給規程に準じて取り扱うものとされていた。また、鈴木栄の当時の俸給月額は一万四〇〇〇円であったが、被控訴人の当時の俸給月額は三万一〇〇〇円であった。
3 我孫子町土地改良区は、昭和四〇年三月三一日、被控訴人に対して、職員土地改良区合併記念品代の名目で、現金一〇万円を支払った。
4 我孫子町土地改良区は、農林漁業団体職員共済組合に対し、職員であった被控訴人が昭和四〇年三月三一日に控訴人との吸収合併により控訴人に転出した旨の届出をし、同時に、控訴人は、同共済組合に対し、我孫子町土地改良区の職員であった被控訴人が同日に控訴人と我孫子町土地改良区の吸収合併により控訴人に転入した旨の届出をし、同共済組合は、これらの届出をいずれも昭和四〇年五月一七日付けで受理した(乙一三、一四)。被控訴人の農林漁業団体職員共済組合の組合員証(昭和三四年五月六日発行。乙二の一・二)には、我孫子町土地改良区を昭和四〇年三月三一日転出、控訴人に同日転入と記載されている。そして、同共済組合の被控訴人あての平成六年四月二六日付け年金加入期間確認通知書(乙七)には、年金加入期間(組合員期間)として昭和三四年一月一日から平成六年三月三一日までの四二三月と記載されている。
5 控訴人の「職員の採用について」と題する書面(昭和四〇年四月二〇日起案、同日決裁・施行。甲九)には、
「昭和四〇年三月三一日付吸収合併した我孫子土地改良区職員を当改良区職員として下記のとおり採用してよろしいかうかがいます。追て決裁の上は次案により発令してよろしいか併てうかがいます
記
鈴木敏彦(被控訴人)
千葉県手賀沼土地改良区職員に任命する
主事に補する
四等級に決定し八号給を給する
発令年月日昭和四〇年四月一日」
と記載(「主事に補する」は追加挿入)され、控訴人の理事長及び常務理事の決裁印が押されている。
また、千葉県土地改良事業団体連合会会長作成の被控訴人についての平成四年度土地改良功績者調書(乙六の二)の経歴欄には、「昭和三一年二月~昭和四〇年三月(在職期間九年二月)我孫子町土地改良区勤務、昭和四〇年四月~昭和五七年一二月(在職期間一七年九月)千葉県手賀沼土地改良区勤務(吸収合併により)・・」と記載され、功績欄には、「昭和三一年二月から現在に至る三六年間の長期にわたり我孫子町土地改良区及び千葉県手賀沼土地改良区の職員として土地改良区の業務に専念し、・・その功績は高く評価される。」と記載されている。
6 被控訴人の退職金は、被控訴人の我孫子町土地改良区の在職期間九年を控訴人の在職期間二九年に加算して控訴人の職員退職手当支給規程に基づき算出され、当時の控訴人の理事長の承認の下で、理事会・総代会にかけられて、異議、反対意見等なく承認されて、支給された。
二1 右認定の事実によれば、控訴人は、昭和四〇年三月三一日、我孫子町土地改良区を吸収合併したことにより、我孫子町土地改良区に帰属していた権利義務を包括的に承継し(土地改良法七五条)、我孫子町土地改良区から引き継いで継続して雇用することとした被控訴人について、我孫子町土地改良区と被控訴人との間の雇用関係(労働契約)も引き継いだものであり、同日、吸収合併により我孫子町土地改良区が消滅し、被控訴人は、消滅した我孫子町土地改良区の職員たる地位を失うと同時に控訴人の職員の身分を取得したものと認められる。そして、被控訴人が、我孫子町土地改良区の在職期間九年を控訴人在職期間二九年に加算されて、在職期間を三八年(支給係数五九・七)として算出された退職金三二八六万四八五〇円の支給を受けたことは、雇用契約等に明確な定めはなく、我孫子町土地改良区には退職金支給規程がなかったとしても、同土地改良区においても退職金が支給されていたことや、被控訴人の雇用関係の控訴人への引継ぎの事実に照らして相当なものというべきであり、被控訴人において右退職金三二八六万四八五〇円と在職期間を二九年(支給係数四五・三)として算出される退職金二四九三万七六五〇円との差額金七九二万七二〇〇円を法律上の原因がないのに不当に利得したということはできない。
2 これに対し、控訴人は、被控訴人が我孫子町土地改良区の在職九年間の退職金相当額として「土地改良区合併記念品代」との名目で現金一〇万円の支給を受けて同土地改良区を退職したと主張するが、右支給金は、その支給名目からも、また、被控訴人の退職金としては少額にすぎると認められることからも、到底退職金と認めることはできないから、控訴人の右主張は理由がない(なお、控訴人は、原審において、前述の我孫子町土地改良区の職員である鈴木栄に対し退職金として一〇万円が支払われたことはなく、その根拠とされる甲七の七の「退職給与金一〇〇、〇〇〇」の記載は被控訴人に対し支払われたことを示すものであると主張したが、当審において、右主張を事実上撤回し、新たに甲四一の二(昭和三九年度支出整理簿)の「職員土地改良区合併記念品代」として被控訴人に退職金が支給されたと主張するに至ったものである。)。
また、前記一5の「職員の採用について」と題する書面(甲九)は、文面上は昭和四〇年四月二〇日、被控訴人を控訴人の職員として新たに採用してよいか否かを控訴人の理事長に決裁を求める文面となっているが、吸収合併によって消滅した我孫子町土地改良区の職員である被控訴人は、合併が効力を生じた昭和四〇年三月三一日に控訴人の職員としての身分を取得して引き続き稼働していたのであり、同年四月二〇日に控訴人に採用されたものでないことは明らかであるから、右書面は、その作成時期、体裁等に照らし、被控訴人の控訴人における給与号俸等を定める事務処理上の必要から同日に至って事後的に作成、決裁されたものと認められるのであり、控訴人の主張を理由付けるものではない。
さらに、本件退職金は、控訴人における所定の手続を経て支給されたものであり、これを覆すに足りる証拠や、その算定及び支給決定について理事会、総代会において説明がされなかったことを認めるに足りる証拠はなく(当時理事であった控訴人代表者も、詳しい説明がなかったと供述(同本人調書二六頁)しており、むしろ本件退職金についての説明があったことが認められる。)、仮に、具体的、個別的な説明がされなかったとしても、実質的な承認がなかったとはいえないものである。控訴人は、被控訴人が事務局長の地位、権限を濫用して本件退職金の支給を受けたと主張するが、被控訴人には控訴人の職員の退職金額を決定する権限はないから、そもそも右主張は失当であるし、被控訴人が事務局長の地位、権限を濫用した事実を認めるに足りる証拠もない。
三 よって、控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥山興悦 裁判官 杉山正己 裁判官 山崎まさよ)